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堂の山の最上部に登ると、周囲が一望できる高台になっています。ここに祭られているのが馬頭観音。通称、「岡寺」。そのすぐ下に祭られているのが役行者。すぐ横の桂昌寺に祭られているのが千手観音。そして以前有ったとされるのが大日如来堂。別名、不動さん。
この組み合わせ、ちょっと気がつくと、大峯奥駆修行の修行場の構成です。馬頭観音が「馬頭滝」、千手観音が「千住の滝」、大日如来が「不動の滝」という組み合わせになります。
船乗りの信仰からすれば、難所に付けた「水神大王」、修験者の方からすれば「不動明王」の別名の「大王」という具合になります。江戸時代後半の書物に「大王島」を「韋夜叉島」と書かれたものが有ります。かなり以前から大王の名前が存在するので、「韋夜が島」に不動明王を表す夜叉を後付けしたのかもしれません。どちらにせよ「大王」=「怖いもの」という意味には違いないようです。
この「大」の字が着くところは必ず共通しています。「大倉島」、「大王島」、「大滝」、「大島」、何れも豊玉姫の通り道です。豊玉姫の民話に関係するところに「大」が付いています。
謎解きは伊雑宮に有りそうです。
堂の山は九鬼氏以前から存在していました。
波切の九鬼氏は南北朝の時代に朝廷から賜った九鬼姓を名乗ったのが始まりだとされています。
その九鬼姓のもとは熊野本宮大社の宮司家の物を頂いたものです。
九鬼の由来はよくわかっていません。この熊野本宮大社から少し北に入ったところに五鬼と呼ばれる処が有ります。五鬼は元は「後鬼」と書き、役行者の弟子の一人です。前鬼、後鬼は夫婦で、行者の弟子でした。役行者、前鬼、後鬼が行っていた修行が大峯奥駆修行。この時に「懺悔、懺悔、六根清浄」(さんげ、さんげ、ろっこんしょうじょう)と言いながら山々を巡ります。
九鬼姓は「鬼」が入るのでこれに因んでいるのかもしれません。
面白いのは、波切神社の茅野輪くぐり。この時の歌は「蘇民将来、六根清浄」(そーみんしょうらい、ろっこんしょうじょう)と言いながら回ります。
ちょっと視点を変えてみると、大王島の名前には使い分けが存在することに気がつきます。1つの島に複数の民話が存在するのは浜島町の矢取島など市内でもときどき見られるものです。
そこで、信仰別に分けてみると、意外と簡単に名前の意味が推測できます。
伊雑宮に登る七本鮫の通り道には必ず大の字が着きます。
この事から、伊雑宮に関係する物だという事がわかります。
この場合は、ダンダラボッチを始め、韋夜権現に関係する物です。
江戸時代に大日如来堂が消失します。この代わりを韋夜ヶ島に求めたのかもしれません。
大日如来の別名が不動さん、そして夜叉。太陽を表すものとされています。堂の山の馬頭観音、桂昌寺の千手観音、そして韋夜叉島の夜叉=不動さんを合わせると、大峯奥駆修行の修行場の構成が復活します。
大王島の名前 | 信仰 | 時代 | |
大王島 | 伊雑宮の信仰 | 七本鮫の通り道に付けられた名前 | 平安時代 |
韋夜ヶ島 | 元熊野の信仰 | 熊野をイヤと読む・ダンダラボッチの信仰 | 鎌倉・室町時代 |
韋夜叉島 | 大日如来の信仰 | 太陽信仰で大日如来に見立てた | 江戸時代 |