わらじ祭りは三重県志摩市大王町波切(なきり)で毎年9月の申の日に行われ、祭りの再興以来300年以上の伝統的を誇る祭りです。

江戸時代に書かれた古文書の中には平安時代の寿永年間(西暦1182年頃)を始まりと記した物があり、古文書通りであれば、820年余りの長き祭りとなります。

中でも、わらじ曳き神事は三重県の無形文化財に指定され、志摩市の代表的な祭りでもあります。

祭りのハイライトは、わらじを稚児が曳くわらじ曳き神事、わらじを海へ流すわらじ流し神事です。

前半、わらじ曳きまでは出雲系の熊野社の祭りで、後半のわらじ流しはこの地で信仰の有った紀州熊野那智大社の補陀落信仰と豊受大神の信仰です。

平安時代の寿永年間の付近には堂の山に薬師堂が建てられ、補陀落信仰の補陀落山像が祀られた頃に当たります。わらじ流しの神事は補陀落の御詠歌を詠うなど、補陀落信仰に基づいた物となっています。この頃の祭事が、わらじ流しの神事の原型となり、わらじ祭りの始まりとも見ることができます。

元禄十六年、ゆやのまつりとして復興され、後に韋夜権現の秋祭り、韋夜権現祭と言われる様になりました。

古文書には「ゆやの祭り」と記され、本来は合祀されている熊野社の祭りでもあります。

この地の日天八王子(豊受大神・現在の国狭槌尊)、牛頭天王(現在の素戔嗚尊)などを辿ると元熊野と呼ばれる出雲の熊野大社にまで遡る事ができ、大男、窪地や島を作った伝説は出雲国風土記、片足と大草鞋の伝説は出雲の松江市八雲町に伝わる熊野大社の創建にまつわる民話などにその原型を見ることができます。

志摩国を作った出雲国造、出雲笠夜命は熊野大社を奉じ、志摩国を建国したとされる出雲笠夜命に縁のある祭りでもあります。.

志摩は古くから出雲と密接な繋がりがあり、伝承の残る地域全てに出雲で伝承の残る地域と同じく「おう」の文字が地名に隠されています。この他、波切(魚切)、磯部(石部)、沓掛、白木、片田、岩倉、加茂、桧山、築地(ついじ)、迫子など出雲に関連した地名が数多く残され、その殆どが松江市を中心とした地域に集中しその配置する方角も似ているなど、出雲の国がそっくり志摩に作り上げられた様な地名となっています。

志摩市内、鳥羽市内ではダンダラボッチの民話が残る地域にのみ祀られているる神様、国狭槌尊のルーツを探ると、伊雑宮の御神田の神様、奈良時代の大歳神まで辿ることができ、奈良時代に出雲にも伊雑宮から勧進された神様で、志摩国建国当時の姿が見えてきます。

 

祭りの問い合わせ先

波切神社 

 電話 0599−72−0165

波切自治会

 電話 0599−72−4279

志摩市観光協会 案内所

 電話 0599−46−0570

尚、観光協会では宿泊の予約なども賜っています。

祭りの様子をご紹介します。

わらじ造りから、相撲大会、本祭、祭典、後夜祭に至る迄、目白押しの行事が詰まっています。

特に、近年は神社の行事への参列者が多く、多めに用意した榊が足りなくなってしまうなどの珍事が起きています。

平成22年度の行事予定です。

神社の本祭では榊の準備が必要なため、市外から参加される方で、防災関係などのお祓いを受ける方は予め神社にご連絡ください。

 

ダンダラボッチの民話をご紹介します。

まんが日本昔話など様々なメディアで紹介されている大男です。

伝説の原型は、島根県の松江市にある天狗山の民話に見ることが出来ます。

 

最近、様々な大学の先生方が調査し、ルーツの様な物が見えてきました。

志摩国に作られた出雲国を紐解いてみましょう。

また、一昨年あたりから主神の国狭槌神は「かんなぎ」という漫画の主人公、ナギではという噂があり、ちょっとチェックしてみました。・・結果は限りなく・・マジですか?という結果が・・絵かきの町ですから。